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感情と計算は似たようなものである

2001/03/19
人間というものは

あなたの親友の、親の代からの仇がいたとします。
その人がやってきてささやきます。「一億円の取引があるんだけど、どうします?」普通は頭の中の計算機がぐるぐるまわります。「親友は本当に怒るだろうか。最近親と仲悪いと聞いたが親を激怒らせても、彼はだいじょうぶかな?」とか
「この男一億円といったけど、前に取引した人になんていってどうだったか聞いてみようかな」とか・・・・・
親友の傷つき方とお金を天秤にかけて計算するはずです。(しない、という人は嘘つきか単なるボケでしょう)
それで天秤が友達に傾けば、「俺ってやっぱり友達を金にかえることはできないんだよねー」なんていってみたり、お金に傾けば「俺ってごめん。かねが大事だと思っているんだ・・・・」っていってみたり。いいんです。それが人間ってものです。

だけど考えてみてください。
Aさんのときは「友達」っていっていてBさんのときは「金」っていっていて、そのAさんとBさんがあなたについて話した場合。
「おい、あいつっていったい???」
「ようするに友達が大事とかいっちゃって、最後金に目がくらむやつでしょ」こうなることは請け合いです。
まだ「あいつは金の亡者だ」ってほうがみんな安心するでしょう。だって金だせばいうこと聞くわけですから・・
まだAさんの時は1000万円で、Bさんのときは1億円だと人に理解されやすいです。
「あいつの友情は1000万円以上1億円以下だな」と(笑)。逆がヤバいです。
「あいつは最初1億円を断って、惜しくなって1000万円に目がくらんアホだな」ということですから。

そういう風評がでないように人間は意地とか見栄とか美学を身につけたのです。
それを首尾一貫(consistency)と呼ぶのです。
つまり短期の計算にだけ転んで見苦しい評判をとらないための計算。それが感情ってやつです。
頑固と首尾一貫は違います。天地がひっくりかえっても意見が変わらないのは頑固。
天地がひっくり返ったら意見もひっくりかえるのが首尾一貫ってものでしょう。
ようするに、計算も感情もそんなにはかわらないって事なんです。

僕の場合非常に長期です。計算が。多すぎます。友達が。
長すぎて広すぎて、自分の人生の間に回収できない計算がちょっと多すぎる気もするこの頃です(笑)

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