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東京の西高東低現象

2001/03/19
歴史と社会

今手元に大学のときに書いた卒論があります。
「東京の地価・西高東低現象の数理的分析」。
やっぱりこういうのを書く人間は、D社にいってはいけなかったのでしょうか(笑)。
冗談はさておいて、その論文は僕の次のような疑問を解明するために書いたのです。
「なんで東京の地価って時計回りに低くなるのか?」
一番高いのは私鉄でいうと8時の東横線、その後は井の頭線、小田急、京王、西武新宿、西武池袋、東上・・・・・ときてあれ、京浜東北の位置付けがちょっと難しいですね。
ま、ともかく順になっている気がしませんか?
(・・・ごめんなさい。そちらのほうにすんでいる人は)

僕はこれを数学的に解明しようとしてつぎのようなことを考えたのです。
まずいまでいう「駅すぱあと」みたいに、東京中,どこからどこへ行っても通う時間が計算できるプログラムを書いたのです。
次に、それぞれの土地の強さというか価値というか・・・「エネルギー」を計算したのです。
具体的には「昼間人口」から「夜間人口」をひいてそれぞれのメッシュ(1キロごとの四角)に割りふりました。例えばこの数字が大きいのは新宿とか大手町、渋谷。
なんとなく盛り場の「エネルギー」を感じますよね。
次にそれぞれの「メッシュ」の「便利度」を計算したのです。
つまり私が例えば用賀に住んでいるとして、東京中のメッシュに何分でいけるかを計算して、式でいうと・・・・・
ある土地の便利度=Σ(他のメッシュのエネルギー)×F(通勤時間)(Σは総和、Fは関数です)を計算したのです。
具体的にFは逆二乗、とか逆数を使いました。
つまり・・・簡単な事ですが、「通う時間が倍かかると倍不便に感じる」「通う時間が倍かかると4倍不便に感じる」という便利さの感覚を、それぞれの土地の価値に置き換えてみたのです。
!これがけっこううまくいったのです。(多分偶然です)
逆二乗で計算すると山手線の地価の順番が、現実とほとんど同じ(東京、新宿、渋谷、池袋・・・)となるのです。つまり人間の
結局僕の結論は、東京の西のほうが、川が少なく私鉄の連結点が多く、人口が密集してすむようになったので、そちらのほうがどんどん便利になり、また人が集まって便利になり・・・という風に発展していったと解釈したのです。

そのときにいろいろと勉強してこの説明以外のいろいろな珍説を勉強いたしました。例えば・・・・

1)偏西風説 
北半球では偏西風が吹くのですべての大都市でイーストサイドがダウンタウンになる(たしかにロンドンでもロスでもそうですね)
2)鬼門説 
確か東京の鬼門は北北西、日光の東照宮はその備えのためにつくられたと記憶しています
3)出身母体説 
多くの上京者は出身地と江戸城の間に居をかまえることを好みます。
京都だと横浜方面。甲府だと中央線方面。富山だと練馬とか。東北だと・・・上野.出身地の貧富によってそれぞれの地価が決まったとする説。
4)私鉄の開発能力差説
東横線をつくった五島財閥は土地をうらずに百貨店、大学をつくり、遊休地を売らずに保有し、ようするに都市つくりを行ったのです。一方、東上線を作った根津財閥は土地の切り売りを行いました。それをいろいろな開発事業者が買って開発をしたのです。なにがおこるか、というと「スプロール現象」なんです。つまり畑が続くと急に町があって、いじょうにごみごみした狭い建売が並んでいる・・・・こうなると、いい街づくりは行えません。

まあどの説ももっともらしいですね。以上の事に関心をもったかたは、次を読むことをお薦めします。
ポール・クルーグマン(著)、北村行伸・妹尾美起(訳)、「自己組織化の経済学」、東洋経済新報社、1997年

ところで。卒論の発表の際に、学校の先生は誰も上を誉めてくれなかったのです。
(僕はいつでもそうなんです)
敵意の中を説明した僕をまちかまえていたのは・・・
「東京以外を無視していったい大丈夫なのか?」などの意地悪な質問でした。
(まあ卒論の発表会自体がそうできているものなのかもしれませんがね)
こいつら。勝手にほざいてろ。東大工学部なんてろくなもんじゃねえ・・・当時から私はboldな野郎だったのです(笑)

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