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IPマルチキャスト放送の著作権優遇政策

2006/02/26
メディア社会

私が今一理解できないものに、「IPマルチキャストの著作権優遇政策」があります。

知財戦略本部、IPマルチキャスト放送促進に向けて著作権法改正を提言

今、政府の知的財産戦略本部のコンテンツ専門調査会というところで、「日本を世界トップクラスのデジタルコンテンツ大国にする」ことを基本目標に、「ユーザー大国の実現」「クリエーター大国の実現」「ビジネス大国の実現」するのだそうです。
「インターネットでのコンテンツ配信を促進するために、放送・有線事業者に認められた優遇措置をインターネット配信にも適用すべき」だそうで法改正を目指すそうです。
「放送事業者の著作権上の優遇措置」というのは、個別に価格交渉せず、使用後まとめて年末に売り上げの一定比率を著作権団体に支払う制度のことです。
かつて、ネットもビデオもない時代、放送や有線放送などのメディアは独占的な映像ソフトの出口であり、映像ソフト制作者との関係において、圧倒的な交渉優位の地位にありました。よりわかりやすくいえば、テレビに出るだけでその映像はものすごく価値が生じ、関係者に莫大なメリットが生じた幸せな時代がありました。メディアに明確な恩恵力があったときに、その上下関係を利用してつくられたのがこの仕組みといえましょう。著作隣接権者は、ですからこの制度の成り立ちにやや憤懣をもち、その後多メディア化の進展により放送局に遠慮をすることもないと考えはじめました。それもあり、著作権団体と放送局の間で、とげとげしい議論が続いているのは、今後ほぼ永遠のこと、と思えるほどです・・・

疑問その1 IPマルチキャストなら、著作者の許諾が容易に得られるものか?

著作権は、製作者が希望するような使われ方において使うことを保障する仕組みです。ですから、番組を制作するごとに、著作権者に、いちいち内容を説明して許諾をとる必要があることはいうまでもありません。望ましくない場面や作品で、自分の作った音楽(や台本)を使われることを防ぐ、たとえばアダルトとか暴力シーンで使われることを拒絶する権利というものが万人(クリエイター)にあります。

次は現実的な話なのですが、その際に「ただ、だったらほとんどのケースで、私はいやだ。それではあまりに私に尊厳が払われなさすぎである。最低限これぐらいはないとおかしいじゃないか。そんなお金を払えないコンテンツがまとも、でありえるのだろうか?」という本音が著作権者にあることがほとんどです。ですから番組の内容の是非の次に、そこに対価が存在するし、その交渉はつきものです。

放送事業者にしても、有線放送事業者にしても、映画も演劇も、なにもかも個別コンテンツごとにそういう煩雑な交渉をしているのです。ですから、IPマルチキャスト事業者だけが、たとえば「IPマルチキャスト放送が日本の未来を拓くという幻想を理由にして」、上記いちいちの著作物利用の交渉から逃れるべきものでない、と私は思います。そのことへの誤解はよもやない、と信じていますが・・・・

疑問その2 有線放送事業者と同様の著作権の仕組みならコンテンツを流すことが容易になるのか?

次に、別に国も「別にIPマルチキャスト事業者がコンテンツをばんばん作るようになるとは思っていない。」「放送・通信の融合を目指して、現在放送、有線放送で流れているコンテンツが、ネットでも流通してくれればいいのだ」という本音だとしましょう。

そこで考えるべきことがあります。
世の中は著作権では回っていない、という厳しい現実です。この仕事に携わったことがない、法律家、弁護士、官僚たちは、この「民法には一応基づいた、契約に則ったり、ある場合には則ったりしない、血みどろの、長期の貸し借り関係を包含する膨大な体系」は永遠に理解ができないのではないでしょうか?
世の中を回しているのは、著作窓口権といって、その著作物を現実的に管理する商業的な独占権です。わかりやすいものにタレントプロダクションがあります。ジャニーズ事務所は、グループ名、映像、楽曲、そのほか権利の束を一元して管理しています。彼らは著作権法に登場するでしょうか。
あるいは電通。ワールドカップの販売権を持っています。電通はワールドカップの著作権者でしょうか。

次のたとえ。衛星放送事業者であるWOWOWは、ハリウッドの映画を放送していますが、それではWOWOWが「法律も国もそういっていますからわが社でIPネット放送もやりますよ」とハリウッドにいえるでしょうか?
放映権は国別・ウィンドウ別の契約で厳密に定められており、WOWOWがIPネット放送を行うことはできません。それを行うためには大変なアドバンス(前金)契約をして、IPネット放送の世界窓口権を取得するしかありません。そうでなければ、契約改定時に「WOWOWに与えているのは日本の有線放送のなかで、IPネット放送にかかわりがない部分である」と特記されるのがおち、でしょう。

疑問その3 ワールドワイドでネット放送を有線放送と認めることが可能かどうか?

非常に微妙な論点となってまいりました。
IPネット放送は基本的にはワールドワイドでしょうから、海外の楽曲映像を使用する場合には、ワールドワイドな著作権を一括購入する必要があると思います。
有線放送にせよ地上テレビにせよ、カントリーワイド、つまり基本的には(スピルオーバーの例外を除いて)国境の中にとどまる権利であり、海外の著作権については日本国内限定で権利を取得しています。
IPネット放送が技術的に国内限り、という制約を持ちえるのかどうか。私は詳細の資料をみておりませんので、その議論が行われたかどうか知りません。

疑問その4 といろいろ言ったが実はIPマルチキャスト放送を成り立たせるのはきわめて容易ではないのか?

絶対にIPマルチキャスト放送が成り立つやり方があります。
それはNHKにIPマルチキャスト放送を実施させ、過去のメイドインジャパンの番組アーカイブスを有料で公開させることです。
NHKこそ「民法には一応基づいた、契約に則ったり、ある場合には則ったりしない、血みどろの、長期の貸し借り関係を包含する膨大な体系」の中心にある組織といえましょう。
さらに民放の強固な行動規範として、「必ずNHKに近いところにいる」というのがあります。彼らは追従せざるを得ないでしょう。
そして私はNHKの契約者として声を大にしていいたい。NHKのコンテンツはNHKのものではなく、私たち契約者のものではないのかと。私たちが見たい時間、見たい内容を自ら選ぶことに積極的であっても、いいのではないか?と。このオンデマンドサービスを含めた統合放送サービスとしてなら、NHK受信料契約が、増額したとしても納得する人も多いのではないかと?

ここで重要なことは、IPマルチキャスト放送を行うことができるのは、そもそも映像の権利を持っている、ないしは映像の権利を創出する覚悟を持った事業者だけだろう、ということです。コンテンツを持っている、作り出せる事業者なら、この新しい産業領域に新しく投資をせず損さえ出なければ当面トントンで、恩の字でしょう。一方既存コンテンツを購入してこの産業を行おうとするものは、とてつもない出血を覚悟する必要がありそうです。
それをタダ乗りで済ませようという計画のように見えてしまうのが、この提言のぱっと見の難点だと思います。

ですから、一見理解が難しいように見えた知的財産戦略本部の提言も、この一点突破を狙って放送事業者の言い訳の退路を立つ高等戦術と見れば、それをしかも政策官庁の統合化と同時に行いたい野望だと想像すると、なんとなく理解可能という気もしてくるのです。

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Comment

1 - Name: bold : 2006/02/26 23:13

追加:
ットワーク・インフラ“ただ乗り論”再燃,NTT和田社長が懸念
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20060118/227510/

IPマルチキャストにおいて、ユニキャスト(放送型)が主流になると、革命的なネットワーク技術が開発されない限り、将来的にインフラのコスト増と課金の問題は避けられないように思います。
ですからマルチキャストは、負荷分散される、過去アーカイブス(ビデオオンデマンド)が主流とならざるを得ないのではないか?
21世紀であっても、みんなが斉時に視聴するテレビ放送は空中波である必然性があるのではないか?ということです。

ご意見、お考えのある人は是非教えてください。


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