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「戦艦大和の最期」をどう読むか Vol.2

2001/03/31
戦艦大和や靖国問題

-授業をした小石川高校の高校生たちの感想文-


『吉田望さんに』
この間、望さんのお話を聞いてから、僕も祖父の所に行き、戦争の話をしてもらいました。祖父は医学兵(と言うのでしょうか)として中国へ行きましたが、毎日の生活がとても大変だったと言っていました。祖父の話す言葉を聞くと、戦争というものはその人の性格を変えてしまうのだなあと思いました。
この「戦艦大和の最期」と、望さんの話と、祖父の話によって、戦争に対する感覚が少しかわったような気がします。

『吉田望さんに』
もし、自分が昔に生まれていて、戦争が起こり吉田少尉と同じ立場になってしまったら、戦争に対して、日本に対してどのようなことを思いますか。僕は、周りにいる人が戦争によって傷つけられたり、殺されたりしたら、戦争を憎みます。でも、実際に吉田少尉はそのことを見ているので、とてもつらかったと思います。

『吉田望さんに』
吉田少尉の戦艦大和からの生還までの過程は「戦艦大和の最期」を通し、少しですが知る事ができました。しかし、私が気になるのは、こういった極限状態の中戦った人々が、生還し、再び日常生活を取り戻した後は、どのように生きていったのか、それを経験していない人と何か決定的な違い等はあったのかという事であります。私ならば、何が現実なのか、何が現実だったのか、分からないような感覚に落ち入ってしまいそうです。吉田少尉に関しては、本、吉田望さんのお話を通して一部知る事ができましたが、一体他の人はどのようにして残りの「これからの人生」を歩んでいったのでしょうか。

『吉田望さんに』
この前は私達のために忙しい中お話に来て下さってありがとうございました。
本当に日本はアメリカに勝てると思っていたのか、など興味深いお話ばかりでした。吉田さんの話を聞いてすごく“ああ、なるほど”と思うことができました。日本とアメリカの違いがそんなに大きいと思っていなかったし、戦争中の日本人の精神的なことも、聞いていてすごくおもいしろかったです。ありがとうございました。お仕事がんばって下さい。

『吉田望さんへ』
僕は吉田満の息子が来るということになってすごいと思っていました。吉田さんが話の初めの方で言っていた「偉大な父だと自分も何か思われる。」ということがまさにそうで、僕も思っちゃってる人でした。きっとすごいいかにもって人で、ちょっとこわいんだろうなと考えていました。でも実際はおもしろい方で僕としてはとても良かったです。こんな機会はめったにないことでもとてもいい経験になりました。本当にありがとうございました。

『吉田望さんに』
先日、吉田望さんがおこし下さった時に見せてもらったビデオで「戦死した人たちの亡霊が現在の日本を徘徊している」とあった。これは現在の日本が戦死者達の望んでいた日本ではないということだろうか。本の中でも「日本は敗けて変われる」とあった。では日本は本当に変わることができたのだろうか。この様な問題の答えは、もう分からないかもしれないが、日本を良い国にすることはできると思う。一人だけでは無理だが、皆が日本を良い国にしようと力を合わせれば、戦死者達が、望んだ国に近づけるのではないかと思う。

『吉田望さんに』
お忙しい中私達の授業のためにおこし下さりありがとうございました。
「良い事続きの裏には闇が潜む」という言葉が強く印象的で、ニュースを見ても日常生活の中でも意識している事にしばしば気付きます。望さんに普段とは一味違った授業をして頂き、知識面でも精神面でも得たものは大きかったと思います。
またの機会を楽しみにしています。それから、今度HPを見るつもりです。

『吉田少尉に』
僕は今まで太平洋戦争に対して甘い考えを持っていました。特攻隊の話などを聞いても「なんで拒否しないのだろうか?逃げ出せばいいんじゃないか。」と思っていました。しかし「戦艦大和」を読んで、自分の考えの甘さに気がつきました。実際に戦場にいる一兵士は死ぬと分かっていても戦うしかないのです。逃げ出すことなど頭に無いのでしょう。戦争とは、いやおうなしにそういった状況を作り出してしまうということが分かりました。吉田少尉の本に出会えて本当に良かったです。

『吉田少尉に』
授業を通して私は感じた。過去に起きた現実を知ることはできても、その時代生きていた人々の心を理解することは難しいこと。これ以上ないだろうという表現でどんなに鮮明に話が描かれていても、想像力には限界がある。残酷で悲惨な場面ほど、恐怖心は覚えてもどこか空々しい気がして、心の奥まで入ってこない。兵死達の心情を理解しようとしても、ただの類推に終ってしまうのではないかと思った。
最後に、後の世代に小説という形で戦争についての一つの記録を残し、私達に「戦争」について考える場を与えてくれた吉田満氏に感謝の気持ちを述べたい。

『吉田少尉に』
この戦争経験談は、まさにその当時の情景をありのままに書いたものだと思う。そのためとてもわかりやすく、戦争の悲惨さ、残忍さに対する理解が深まった。
そしていかに今の自分は幸せなんだろう、と実感した。しかし今の日本を吉田少尉は望んだであろうか。不景気、めちゃくちゃな政治。戦争に負けて目覚めた日本。またここで目覚めるべきなのではないか、と私は思う。

『吉田少尉に』
吉田満さんには当時、なぜ今後の日本について予測をできたのか。望さんに対しても「銀行員にだけはなるな」と言い、それが正解だったし、ビデオの朗読の中でも暗い世の中について語っていた。大和に乗ったことで彼の何かが変わったのか?元から備わった天性なのか?「戦艦大和の最期」はほぼ一日で仕上げたという。彼にそんな力があったことも私には不思議に思えた。吉田少尉は大和に乗る前と乗った後では確実に何か変わったに違いない。

『吉田少尉に』
この本から、戦争の恐ろしさがリアルに伝わってきた。私は、この本を戦争肯定の文学だと言った人達がよく理解できない。確かに、戦争肯定か否定かを判断するのは自分自身であると思う。本が言っているからというのではなく、ありのままの事実を読んで自分で考えることも大切だと思う。それにこの本を読んで戦争をやりたいと思う人はいないだろうし、実際私もこんな悲惨な戦争は二度と繰り返してはいけないと思った。

『吉田少尉に』
様々な所から来た、様々な過去を持つ人と共に死ぬまで戦うというのは一体どのような思いだったのか知りたい。
その後出港して、周囲の人々の話を聞くうちに、それ以前のとは違う考えができるようにもなったのではないだろうか。
自分の知っている人々が何人も死んでいくのを見て何を思ったのだろうか。私が吉田少尉の立場だったらこのような状況では、まともな判断もできなくなってしまうと思う。

『吉田少尉に』
最初、私は戦争に対して断固として反対でした。今も戦争は良いものだったとは決して思えません。しかし、この本を読んで、私は戦争は戦後の日本に良い影響を与えたのではないかと思いました。日本の無知、無力さが明らかになり、命の大切さを国民が改めて実感したのではないでしょうか。今の日本は技術が進歩しすぎてやり過ぎなところもあると思いますが、この戦争は日本の成長のために大きく役立ったのだと思っています。

『吉田少尉に』
吉田少尉は大和に乗った中で、少尉という立場であり、上も下も視野に入れておかなければならない、むしろ一番つらい位置だったのではないかと思う。だからこそ両者の気持ちが分かり、また、多くの人間と触れ戦争に対する様々な考え、不満などを幅広く感じ取ることができたのだろう。おそらく御本人は、この本を書き上げて満足したのではなく、書くことによって戦争を見つめ直し、ようやく新たなスタートラインに立つことができたのではないだろうか。

『吉田少尉に』
「物は壊れても直せばいい。でも心の傷は一生直らない。」という言葉を戦争体験者の人から聞いたことがある。この作品を読んだだけでも心が痛かったが、実際の体験者の人々はどんなにつらかっただろう。吉田少尉の「生死」について様々な思いは、考える価値があったと思う。平和に慣れきっている私達には考える機会がない思いもあったが、共通した思いもあった。戦争中の人々の気持ちに接するよい経験になったと思う。

『吉田少尉殿』
僕は戦争を知りません。だからあなたのこの手記を読んでも、たぶん一部分でさえ理解はできていないと思います。けれども、僕はあなたの手記を読んでいろいろなこと僕なりに考えてみました。仲間が次々と死んでいき、自分だけ生きている。あるいは手を伸ばす仲間の手を斬り捨ててまで生き残ろうとする。そんな事のことをいろいろ考えてみました。
だからこれだけは言えます。あなたのした事は僕にとってはとても大きな意味があったと。ありがとうございました。

『吉田少尉に』
戦後50年以上経って、日本は大きく変わったと思います。戦争と平和、死ぬ事と生きる事、大事な事なのに考える事を止めてしまっているように思いえます。
「戦艦大和」を読んで戦争の描写がとても印象的で頭に残っています。その描写は、平和に鈍感になってしまった僕達にその尊さを教えてくれているような気がしました。
このような本を読んで多くの事を学ぶ事ができ本当に良かったと思います。

『吉田少尉に』
兵士はみな、「お国のために死ぬ」という気持ちにさせられていたのかと思ったが、意外とそう思っていない人が多かったようだ。
吉田少尉も、自分が死ぬことは覚悟して、あきらめていたようだが、最後は必死に泳いで生還を果たした。「幸か不幸か生き残った」とあったが、僕は間違いなく幸だと思う。生還したことによってこのような作品を書くことができ、戦争を二度とすまいという気持ちを一人でも多く抱いてくれるだろうことはとてもよいことだ。
ぼくもこの作品を通して戦争の悲惨さ、また、生きることの尊さを学ぶことができたと思う。

『吉田少尉に』
この「戦艦大和の最期」は戦争のありのままの姿がやはり出ていると思います。私は特に大和が沈む場面の写実に印象を受けました。あの、頭では大和が沈むとは考えられないのに、視覚(波の青や白の模様、娑婆の鮮やかな光の色)、聴覚そして感覚でははっきりと感じとったあの感じです。そして戦友の死や麻酔のない手術の光景は決して目をそむけてはいけないと思います。そういった点で吉田さんは私達への戦争を伝える担い手になられたのではないでしょうか。

『吉田少尉へ』
「戦争はいけない」といろいろな所で教わりましたが、それがどれだけ辛いか、苦しいかなどは、全くと言って良いほど知りませんでした。あなたが、この本を書いてくれなければ、今後も知らないままだったでしょう。
戦争の本当の姿を私に見せてくれて、ありがとうございました。人々の苦難を見せてくれて、ありがとうございました。この「戦艦大和の最期」のおかげで、私は本当の意味で「戦争はいけない」と考えられるでしょう。

『吉田少尉に』
一回目に読んだ時、ぼくは吉田さんが本当に伝えたいことを読み取れませんでした。ただ戦争の悲惨さを伝えるためだけではなくて、当時の日本のおろかさや今の日本へのメッセージが組み込まれている事を何回も読んでいくうちに分かってきました。臼淵さんは「死んで日本を変える」と言って死んでゆきましたが、果たして今の日本は変わることができたのでしょうか。

『吉田少尉に』
吉田少尉はすごい人だと思った。戦争から帰ってきたばかりで、心身共に傷が癒えてないときに自分の立場も周囲の目もおしきって、戦争の生々しさや残酷さを「戦艦大和」に残したからだ。こうして、戦争を経験したことのない私達にさえも戦争の痛みや苦しみが伝わってきた。だから、私達も戦争は二度と繰り返してはいけないと思えるし、何より吉田少尉が私達に伝えたかったことが、わかったような気がした。後世の人たちにも伝えていきたい。

『吉田少尉に』
この本には戦争中の日本兵のありのままの姿が描かれている。人間が生きるか死ぬかの極限状態の中でどんな行動をとり、どんなことを考えたのかという事を知り、とても興味深いと感じた。
また、この本から戦争に対する怒りや悲しみなどを感じ、考えされられるとともに、今の世の中がいかに平和かということがわかった。そして、戦争で死んでいった人々のことは忘れてはいけないと思った。

『吉田少尉へ』

戦艦大和を読んで生きるということがどんなにありがたいものなのかわかった気がします。生き延びたくても生きられなかった人々、日本の進歩のための死を迎えた人々、その人達のおかげで今の日本は成り立っていると思います。彼らの望んだ新日本はどうでしょうか?彼らの死はムダではなかったでしょうか?きっとムダではないと考えたいけれど現在の状況を見ると、はっきりと誇れるものがない気がしてきます。私達できっと変えていきます。

『吉田少尉に』
僕はこの本を読んだ時一つ思ったのは戦争とは何なのだろうかということである。戦争は何をつくり、何を生みだすのか?そして人々の心に何を与えるのだろうか?僕にはただ科学や医学の発展というものがあると思われるがそれは物理的なものであって人間の心には何一ついいものを残さないような気がしました。
もしまだ吉田さんが生きていたとしたらこれらのことを直に聞きたいと思いました。

『吉田少尉に』
大和が特攻作戦で沖縄に向けて航海中の時、臼淵大尉が、「日本は、敗れて目覚める。今目覚めずしていつ救われるのか。俺たちは日本の新生にさきがけて散る」といったが、吉田さんは、大和が敗けてから戦後生きてきて、臼淵大尉がいうように、日本が目覚めて変わったかどうか聞きたい。僕の考えでは、日本は大きく変わったと思う。当時の日本は天皇が権力を握っていて民主主義とは言えなかったが今では完全な民主主義であると思うから。

『吉田少尉に』
僕はこの本を通じて第一線で戦ってきた兵士の本当の姿がわかった。全ては国のためといいつつも、どこかやりきれない部分がある。僕は戦争時にはそんな心境になるのかと、疑問を抱いていた。しかしこのような人間らしい感情を読み取ることができ、胸がスッとする気持ちになれた。生きる事に価値を見出す。僕には将来様々な事を経験して生きると思うが、その上で最大なるテーマになる気がした。

『吉田少尉に』
私の祖父は自らすすんで空軍に入ったそうです。戦争は決して起こしてはならない、と言っていますが、空軍ですごした時のことは意外と楽しそうに話してくれます。戦争をしていいことは何一つないと考えたのは軍に入る前からだったのか、後のことなのか。前だとしたら、それなのに何故軍に入ったのか。日本人としての自覚と責任をもっていたからこその行動なのか。私にはよくわからないが、吉田少尉のように実際に戦争を体験した人にはわかるのだろうか。

『吉田少尉に』
吉田少尉は戦争に行って何か変わったのかどうか分かりません。でもこの戦艦大和を書いてくれたおかげで僕ら、戦争を知らない子供が増えている中、その当時の様々な事が体験できたような感じでした。
この本により、今回のような授業ができた事は、これからの人生何か変わる気がした土曜日でした。

『吉田少尉に』
私がこの本を読んだ時の感想は、ひと言「すばらしい」だ。悲しいなどの感想はあるのだろうが、死の生々しさ、戦争への怒りが頭の中をかけめぐり、感情を表せる言葉は浮かんで来なかったからだ。内容がつかめなかったわけではなく、一つ一つの出来事が調和した感情をうみ出す。胸を痛めながらも次の展開が気になると言った感じがあった。言葉一つ一つが研ぎ澄まされていて心に響いて来る。やはり「すばらしい」としか言えないだろう。

『吉田少尉に』
私はこの本を読むまでは、戦艦大和のことは知らなかった。作者がこの本を残すことで私は知ることができたのだ。
生きて帰れる可能性が少なかったのに、望み、天皇のために死ねたらそれでよいと本当に思っていたのだろうか。私はどうしてもその考え方がわからない。だから、口ではそう言っても、本当の心は違っていたのではないかと思ってしまう。私はできるだけ永く生きたいと思う。

『吉田少尉に』
吉田少尉は「もう戦争はしてほしくない。」という気持ちで「大和」を書いたのですね。「日本はこれで戦争に降参するだろう。」と思ったでしょうが、残念ながら日本はまだ降参せずに戦っていました。降参の決めては原爆だったので、戦争はやめろというような感じで大和は無謀な作戦で戦ったのに無意味だったのではないでしょうか。大和に乗って死んでいった人達に申し分けないとお思いでしょうが、自分から死のうなんて考えないで下さい。「吉田少尉は生きろ。」と死んだ人々は吉田少尉を見守っていることでしょう。

『吉田少尉に』
あなたは「大和」という戦場の中で多くの「死」に直面しました。そのために、死というものの本来の在るべき位置が大きく動かされてしまったのではないでしょうか。自分も死に対峙というか出会ったことはあります。その時に背負った傷は相当なものでした。時が経つに連れて、段々と良くなっていきましたが、あなたの場合は、もっと辛かったことだと思います。僕はこの本のおかげで、戦争に対する意識が強まり、二度と繰り返してはならないものだと改めて感じました。これからも、この体験を生かせるように多くのことに立ち向かいたいと思います。

『戦艦大和・印象的だった場面』
自分が死んでしまう事が分かっていて大和に乗り込んだ兵士達の迷いや怒り、苦しみを目の前にする場面を読む度に考えさせられました。特に、兵士達が「何の為に死ぬべきなのか。」と、論争している場面が印象的でした。自分が死ぬ理由を探すことによって、兵士達は戦争という不条理なモノに捲き込まれている納得のいかない現状を少しでも美化させようとしたのだと思いました。そうでなければ、自分を保っていられないだろうから...。

『戦艦大和』の感想
この本を読んで確かに、戦争の悲惨さや、無謀さ等ということももちろん感じたが、やはり、戦争というものは恐ろしいと思った。何が恐ろしいかといえば、国民の大半が戦争というものに洗脳されてしまうことだ。そしてその巨大な力に歯止めがかからないということが恐ろしい。「非国民」などという、今では考えられない意味の言葉があることからも。戦争の印象が薄くなっている今の日本は、少し危なくなってきていると思う。

『吉田満さんのような父がいたら』
当時27歳だった満さんが、大和について書き留めておこうと思った。それは良い事だと思う。しかし、あの本を読んだらわかるが、なぜあのような偉大な文を書けたのだろう。しかもそれは世に出回っている。その偉大さが子供に重圧をかける。私は、やりきれない思いで何に対しても反抗していただろう。「なぜあの本を出したの」と。反面、誇らしく思っている自分もいただろう。死んでしまったらもう、ただ悔しいだけなのだろうと思う。

『戦艦大和にふれて』
私はあまり戦記物を好きではありません。興味がないのではなく、読んでいるとつらくなるからです。「大和」を読んでいてもやはりつらくなりました。戦争は何も生みださない。けれど吉田少尉の問いかけ―戦争を否定することは、現実に、どのような行為を意味するのか―は、考えさせられるものでした。戦争を体験したことのない世代は、この問いかけを一生考えていくべきだと思いました。戦争の記憶は受け継がれるべきものです。

『戦争と命』
戦争は嫌いだ。何が、と聞かれても上手く答えられない。私は戦争に対して漠然とした気持ちしかなかった。そんな私が、授業で「戦艦大和の最期」を読むことになったが、読み終えた今でも、戦争に対する漠然とした気持ちに変わりはない。しかし私は、一つわかった事がある。それは命という事だ。私たちと当時の人々とは、命に対しての考え方が違うということである。どの時代にも命は存在している。それをどう考えるかでその時代が決まるのではないだろうか。

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Comment

1 - Name: 高瀬英二 : 2006/02/14 12:07

お久しぶりです。
3年ほど前は、携帯電話をクレジットカードとして使用することを
考えていました。(アメリカのパクリですが・・・)
 いまは、不動産屋で不動産の情報の整理をしています。

戦艦ヤマトのことで考える上で重要なことは、キリスト的な
達観した客観性と思考です。その上で、お父様の本はすばらしい
と思っています。
 現在の動向を読み解くにも、このような視点、思考が重要だと
思っています。
 最近は、生活共同組合を創業した、賀川豊彦のことを考えて
います。日本の政治や経済を革新するには、彼のような考え
行動をする人が必要だと思っています。