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「メモリシーの時代」

1998/09/01
メディア社会

メモリシーはリテラシー(文字の解釈能力)、ビデオシー(映像の解釈能力)を摸した造語です。つまりメモリーに蓄積された、嘘も偽造もフェイクもそして真実すら含む膨大な情報(例えば2CH)を見て物事の理解や判断を作る能力のことです。僕はこういう訳のわからない単語を作るのが好きです。

クリントン大統領のスキャンダル調査を指揮したスター独立検察官は、インターネット業界でも「スター」になった。全世界から爆発的なアクセスを記録した調査報告書全文の掲載に続き、大統領の証言ビデオ公開は「ストリーミングビデオ」というインターネット上で動画配信を行うテクノロジーの格好の実験台になった。ビデオ受信用のソフトウェアを数十万人がダウンロードし、メディア会社が運営するニュースサイトやヤフー社などのポータル(圧倒的な人気を集める検索)サイトでは、アクセス記録が塗り替えられた。但し、動画サービスについての評価は分かれている。
 「テレビと違い、いつでも好きな時に世界中から見ることができる」かわりに、画質については「動く郵便切手なみ」「熊のダンス鑑賞にむいている」という厳しい評価も寄せられたからだ。しかし同業界はインターネット公開の第三段、ルインスキーとトリップ嬢の電話録音に次の期待を寄せている。
 技術の問題はさておき、上記の公開は従来のメディア報道のあり方を大きく揺るがした。公開のインターネット利用は明らかに、報道機関による事件の独自解釈や、政治的抑制の介入を阻む目的で行われた。スキャンダルを意図する政治と、目玉にしたいインターネットメディアの両者が結託した結果ともいえる。しかし憶測の余地がない膨大なマルチメディア情報を前に、人々はかえって冷静になったようにも思える。
 政治家の過度なヒーロー視や悪人視を手控え、人間的弱みと高い能力や意志をあわせ持つ等身大の個人として評価する機運が、今生まれているのかもしれない。インターネットという巨大な記憶装置(メモリ)が、人や事件を、分かりやすい情報の断片としてではなく、総体として解釈する新しい能力「メモリシー」を育てつつあるのだと願いたい。

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