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改革期に事をなす人(書評:「非連続の時代」出井伸之/新潮社)

2003/01/21
人生・本そのほか

新潮社「フォーサイト」2002年2月号掲載。



バランスが重視される日本企業で、スター経営者が続出する確率は極めて低い。多くの大企業では「ビスマルク亡き後にビスマルクなし」という言葉どおり、スター経営者の後の空白を官僚的運営で埋めようとする場合が多い。その意味で、スター経営者ばかりのソニーの歴史は、日本のプロ野球に大リーグ球団が一チームあるように異彩を放っている。

出井伸之氏を輝かせたのは、90年代の「CEO(最高経営責任者)ブーム」である。電子メールや衛星放送の発達と冷戦の終了によりグローバル企業の経営は急激に優れたリーダーシップとダイナミックで素早い統治を欲するようになった。ソニーという縦軸とCEOブームの横軸の交差点に、出井氏は立っていた。

「非連続の時代」(新潮社)は出井氏が社長に就任した1995年以降の講演をまとめた書である。非連続、リジェネレーション、デジタルドリームキッズ、複雑系、レクサスとオリーブの木、混迷の時代、クオリア。本書に出てくる数々の言葉は、新しいものを見つけようとする出井氏の意欲、ようするに「知的ミーハー性」がよくあらわれた選択である。

そしてこれこそが、月並みな企業とソニーを分かつ、ソニー・ブランドの核心でもある。普通の経営者が語れば浮くであろうカタカナのコピーも、出井氏に語られれば、自然な響きに聞こえるから不思議である。

物事はよそ見をせず熱中しなければ達成できないし、冷静に自分の立ち位置を確認できなければあらぬ方向に行ってしまう。改革期に事をなす人とは、一個人としてその対極を非連続に行き来できる人であろう。「非連続」はやや難しい言葉であるが、私は出井氏がこの言葉にこめた思いを、そのように感じとった。

ソニーの歴史を振返ってみると、創業者の盛田昭夫氏は、イノベーション・マインドとコミュニケーション能力でグローバルなハード事業を確立した。それを継いだ大賀典雄氏は、クリエイターの感性と強烈な指揮力でコンテンツ事業を立ち上げた。3人目の出井氏に託されたのは、ハードもコンテンツも飲み込みかねないデジタルネットワークの出現に対応すること、あるいは違う言葉で言えば、ソニーをサービス産業に変えていくことであった。

その際に出井氏が試みた経営手法は次の2つである。

1つは本書や前書の「ONとOFF」(新潮社)に見られるような言葉と思想による、経営文化の語りかけである。CEOのスター化現象の背景には、経営者の肉声をメールや映像でリアルに伝える経営のメディア化があり、出井氏はその意義を熟知していた。

もう1つは、ネットワークサービス事業を直轄化することで事業間の横串を通し、経営の手綱を保とうという手法である。ITバブルの隆盛と崩壊によって、新たな横串と手綱さばきが求められたのは想像に難くない。

この本にそのあたりの苦心は語られていないが、強烈な自信と信念を持ち、考え方も得意技も異なるソニーの荒くれ者たちを率いるのは並大抵の手腕では難しいだろう。しかもその進路が、ハードやコンテンツのように明確に理解できる方向ではなく、誰しもが撤退や転進が避けられない複雑なデジタルネットワークという戦線の上で行われたのなら、なおさらのことである。出井氏は多くの社員とギブ&テイクの互恵関係を構築し、巧みなバランスと政治力を発揮したのであろう。

海外の多くのスター経営者は引退が近くなると自伝を書く。最近ではルイス・ガースナー氏の「象も踊る(Who Says Elephant can't Dance?)」(日本経済新聞社)が秀逸である。文武の人、出井伸之氏には是非、複雑で非連続なソニー史を世界に向けて執筆してもらいたいと思うのは私だけではあるまい。

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