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西垣先生ご無沙汰です

2000/12/02
人生・本そのほか

西垣先生は東大工学部計数学部の先輩でもありますが、それ以外の交友があります。
 白根禮吉、西垣通、團紀彦、竹村真一の4人で、90年代初頭に集まっていたのです。題して、Mediation研究会。これは團の次のようなコンセプトで、世の中異質なものが交わるときには3つあるというのです。
 1)分離、2)(一方による)制覇ともう一つ、3)その境界に意味論的に異質なもの(Mediator)をおいて一種の触媒としての調和を行おう」という趣旨で、激しく僕らの心を捉えたのです。
 しかし白根先生以外まだ若く、これをメディアを通じてムーブメントにするほどの知恵も才覚もなく、単なるおいしい食事会としてしばし続いたのです。しかし、いつの日かまた再結成したいものです。

先日はパーティにお越しくださりまことにありがとうございました。
 退社騒動でいそがしく、今朝朝日の書評で読むまで新著書のことはしりませんでした。
 先日は、お名前を失念したかのような印象をもたれたと存じ、まことに失礼いたしました。
 いや、まったく先生は東大教授になられ(嫌味ではありません!)、しかも情報学環であり、大制度の中に入られ、かつての先生(兄貴分)とは場所をたがえて、私の直感的・空間的な記憶に矛盾が生じていたのです。
 ところが今回のご本は久々の冒険であり、かつての「西垣ワールド」であり冒険者としての面目躍如を感じました。(というか先生のダークサイドが見られてうれしいです)
 この前東大では唐突に失礼いたしました。初めて実物を見る蓮實学長は、威圧感のあるかたで、私はマックス・ウェーバーの次の言葉を思い出しました。「偉大な政治家(ビスマルク)のあと、必ず官僚化が進む。官僚化を防ぐためには、宣誓下で尋常ならざる情報通を従えた使命感に燃える職業政治家が行う絶え間ざる喚問以外には無い」
 ところで塩野さんと電話で話すことがあります。私が意図しているのはこの前の図でもわかるように戦後50年、民主主義・マルクス主義の残骸にまみれたこの国におけるある種の革新です。東京を目指すムラ的・次男坊的文化のなかでコギャルや援助交際がTokyoだといい募られては、私達は小さくなって「わかりません」とつぶやくしかなかったのですが、それもそろそろ終わりでしょう。そのモチーフは勿論ブルジョア革命であり、地方革命であり、勤勉革命でもあります。しかし、それを不用意に言い募りすぎれば私は政治的・経済的支持がまったくえられません。

 私が始めようとしている仕事は故村上奉亮さんによれば、17世紀に出現したProjector(企画屋)、つまり時代の変革期に精神態度や発明の類で生計を立てる伝統的な職業で、まさにブルジョア革命のさなかに出現した職業といえましょう。私の育った環境、社交的で交際家の父、プロテスタントの母の桎梏はマックス・ウェーバーのそれに近く(能力はもちろんまったく隔絶しておりますが)私は今、確信をもって自分に与えられた時代的な使命を果たすべく行動しています。ところで、この確信が中年期特有の「妄想」によるのではないか、との疑念は毎日去りませんが・・・・

 ということで今後ともよろしくお願い申し上げます。

 今度一度事務所にも遊びに来てください。そうだ!今度あのときのメンバーでもう一度あつまりませんか?あれはきっと少し早すぎたのです。

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