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4月6日発売 週刊ダイアモンド掲載 「地上放送のデジタル計画は即刻凍結して見直しを」

2002/04/01
メディア社会
 従来のアナログ放送をデジタル放送に置き換える「地上波放送のデジタル化計画」は現在、世界的な困難に直面している。デジタル放送は今後も主流にはならないだろう。むしろ現行のアナログ放送を現状維持するという勇気ある決断が必要だ。日本では来年から段階的なデジタル化移行を計画している。いまこそ地上波デジタル計画を一旦凍結し、その必要性について再議論をすべきである。

 昨年六月に成立した電波法の改正によって日本における地上波放送のデジタル化スケジュールが固まった。二〇〇三年からデジタル放送を開始し、放送地域を順次拡大していく。最終的には二〇一一年に全国のアナログ放送を完全停波することが法律で定められた。つまり、二〇一一年以降は、いまのテレビがだたの"ガラクタ"と化してしまうのだ。
 だが、デジタル化で先行する各国の普及状況を見る限り、実現は非常に困難といわざるを得ない。
 一九九八年一一月に地上波デジタル放送が開始されたアメリカでは、現在すでに八六都市、二四九局がデジタル放送を行っており、受信可能地域は全人口の約七五%に達する。アメリカの放送局一社あたりが保有する電波の中継局の数が平均でわずか四ヵ所と少ないため、デジタル放送に対応した中継局の新設が、容易なのである。
 では約七五%の人がデジタル放送を受信しているかといえば、全くそうではない。受信可能地域は広がったものの、肝心の受信機が一向に普及しないのである。現在アメリカ市場に出ているデジタルテレビの出荷台数は一六〇万〜二〇〇万台程度であるが、このうちチューナー内蔵型テレビは約二〇%と推計されている。つまりデジタルテレビを見ている人は最大でも三〇万〜四〇万世帯程度であり、普及率はわずか〇・三%に留まっている状況だ。
 イギリスでも、同じく九八年から地上波デジタル放送が開始された。イギリスは基本的に五社しか地上波放送局がなく、また平坦な地形が多いので中継局が少なくて済むため、日本に比べてはるかにデジタル化が容易である。イギリスではITVデジタルという地上波デジタル放送会社が設立され、有料のデジタル放送を開始したが、それでも人口カバー率は四二%程度に留まっている。そして、同社の加入者に至っては約一三〇万世帯程度。つまり、受信機の世帯普及率は五%程度で、米国と同様、世帯カバー率と受信機普及率は大きく乖離している。
 さらにITVの加入者に関しては、加入更新時の解約率が二五%に達しており、経常損失の改善が一向に進まないため、関係者の多くは、損益分岐点に永久に到達できないかもしれないと危機感を抱き始めている。
 現在、公共放送のBBCに無料のデジタル放送を開始させて、普及にはずみをつけようという構想も持ち上がっているが、これとてうまくいくという保障があるわけではない。
 スペインでは今年四月一日からデジタル放送を開始する予定だが、現在市場に出ている受信機はわずか数百台程度と言われており、放送事業者の大半が取り組みには消極的である。スウェーデンではデジタル放送を開始してすでに約二年が経過したが、加入者数はわずか一〇万人。地上波デジタル放送局を所有する同国の国有企業であるテラコムは、資金難から今年一月に二五〇億円の融資を受けるに至った。
 今後、デジタル化への移行を予定しているフランス、ドイツも日本同様、事業化への懐疑的な声があがっているのが現状だ。





もっともデジタル化が困難な日本の放送業界の特殊事情

 デジタル放送の先進各国に比べて、日本はさらなる大きな困難が予想される。その理由の一つは、日本には一二七社もの地上波放送局がひしめいていることにある。そして、あらゆる世帯に電波障害なく放送するために、放送局一社平均で二〇〇近い中継局を持っている。つまり、日本は最大のアナログ放送設備投資を行ってきたのである。それだけに全ての放送設備をデジタル化するには一兆円ともいわれる巨額の投資が必要といわれている。
 一三二頁の図は地上波デジタル放送を日本人全員に送りとどけるためのコスト、つまり視聴者一人当たりのデジタル放送設備と中継局投資総額である。全国の主要都市で地上デジタル放送を行った場合、国民の八九%をカバーし、その一人あたりコストは一一四〇〇円となる。これを小規模中継局を含めた全てで行うとカバー率は九七%に上がるが、一方で一人あたりコストは一九八〇〇円と倍近くになると推計される。つまり難視聴地域が多いため、カバー率を八%上げるためにコストは七〇%以上も増加するのである。
 またアナログ放送をデジタル放送に移行するあいだ、デジタル放送と従来のアナログ放送の両方を送信する必要が生じるが、日本では周波数が足りないので、日本独自の「アナアナ変換コスト」と呼ばれる余分な費用が発生する。これは現在UHF帯のアナログ放送を受信している世帯を、一時的に他のUHF周波数帯域に移動するための費用で、簡単にいえば「引越し中の一時転居費用」に相当する。
 この「転居費用」が見積もりの甘さから、昨年末になって、当初より大幅に高くなる可能性が出てきた。その転居費用の計算と費用負担を巡って、現在、地上波デジタル放送の進捗は棚上げ状態となっている。
 もうひとつの特徴として、先進国の中ではマンションや共同住宅の比率が約二五%と高く、日本の世帯の約半分、二三五〇万世帯はマンションの「共聴アンテナ」や難視聴対策用の共聴設備、あるいはCATVを経由して地上波を視聴している点があげられる。この有線部分がデジタル化されないのであれば、地上放送をデジタル化するとはいえないはずだ。
 しかしこうした住居内の有線をデジタル化するのは、極めて困難である。技術的に難しいばかりか、この種の投資は管理組合において住居者の合意を必要とするからである。しかも全世帯が新たに受信端末を購入しないと受信できないのである。
 
日本のデジタル放送をどう考えるべきなのか

 ここまで事態がこじれた今、あらゆる前提をはずして自由で大胆な発想の転換と議論が必要と思われる。筆者の考えるポイントは次の三つである。

1)アナログテレビはなくならないことを前提に政策決定を
 次第にあきらかになりつつあることは、地上波デジタル放送を行っても、アナログテレビは今後も非常に長い期間はなくならないということだ。高画質やデータ放送など、デジタルならでは魅力を放つテレビ受像機は、おそらく二九型以上の高級な大型テレビ市場のみである。しかし日本の家屋事情もあって家庭にある二台目、三台目のテレビの大半は小型である。例えば二〇〇一年の国内におけるテレビ出荷台数九六三万台のうち、約六〇%にあたる五六二万台は二一型以下のテレビである。こうした小型テレビは今後も、「安価なテレビ」として売れ続けるだろう。こうしたアナログテレビがたくさん残っているのに現行の放送を止める、という政策は到底、容認はできない。
 今後放送のデジタル化を行うにしても、現在のアナログ放送がほとんど永久に続くという前提に立って行うことが現実的である。
 
2)先行各国の教訓を生かしてビジネスモデルの再検討を
 アメリカ・イギリスで地上デジタル放送が先行した大きな理由は電波に余裕があって、デジタル放送の実施が簡単だったからで、いまだ本格的に伸張するためのビジネスモデルは見えてはいない。
 放送のデジタル化で米英に遅れる日本は、国策として、デジタル化を急ぐ。だが、いくら放送インフラというハードを普及させようとも、起爆剤となるコンテンツ、および、それを生み続けるビジネスモデルの議論をおざなりにしていては、到底、成功などありえない。
 繰り返すが、新しい放送産業の成否のカギは全てコンテンツにある。いかに新しい魅力的なコンテンツを創出できるかが、その新メディアの成否を決める。単にアナログとデジタルの両建てというサイマル放送を行うだけではデジタル放送への移行が進まないことは、アメリカの先例が実証している。
 見渡す限りでは、地上波デジタルよりも、急速に普及するブロードバンドインフラのほうが、数段、大きな可能性を秘めたメディアとなりそうだ。少なくとも二〇〇〇年一二月に始まったBSデジタル放送による高画質、高機能サービスが予定ほど伸長していないことを見る限り、視聴者はデジタル放送に魅力的なコンテンツを見出してはいないのだ。
 ゆえに、今、行うべきことは地上波放送をデジタル化で生き長らえさせることではなく、インターネット技術を用いた新しい産業との融合や提携である。地上デジタル放送はあくまでも、こうした中での一つの選択肢にしかなりえないことを認識すべきだ。

3)ビジネスモデル開発のための帯域免許制を
 地上波デジタル化が難航している原因は、突き詰めると、従来の「放送」という古典的なビジネスモデルに解答がないところにある。
 放送という枠を超えた発想が必要だ。多少、大胆かもしれないが、放送局やそれ以外の産業を対象に、用途を指定しない帯域免許を与えるという方法も考えるべきだろう。
 それによって、帯域の用途は、必ずしも全視聴者に到達するサービスではなく、特定の用途、例えばBtoB向けの通信サービスを考える事業者もでてくる。また投資リスクを軽減するために通信会社、携帯通信会社も放送局と組んで新しいビジネスモデルつくりにとりくむ可能性もあるだろう。場合によっては、帯域免許を持つ企業同士がまとまってマルチプレックス会社(電波提供会社)をつくる可能性もある。
 今、最も必要なのは、従来の放送という枠組みに囚われず、様々な試行錯誤を繰り返しながらビジネスモデルつくりを行っていく柔軟な方法論なのである。

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