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ITバブルとデ・キャピタライゼーション(脱資本化)

2002/01/22
ビジネス
21世紀の富は、データ、アイデア、シンボル、象徴体系の瞬間的な伝達と普及なくしては立ち行かない。これをスーパーシンボリックエコノミーと呼ぼう。

・・・それは大量生産から注文生産へ、一枚岩企業からネットワーク組織へ、一国だけの操業から世界的な操業へと、一気に私たちを運んでいこうとしている。

・・・スーパーシンボリックエコノミーで生き残るのは、個人主義者、過激主義者、負じ魂の持主、さらには変人であり、いわば力をつかむためならどんな海岸への上陸をも敢行するビジネス戦士たちである。

これは元工場労働者かつ元共産党員の著名な未来学者、アルビン・トフラー氏の著書「パワーシフト」で僕が最も好きな、高らかなる一節です。
これが日本でも実現したかに思えたのは、97-99年のいわゆるITバブルの時代です。個人主義者、過激主義者、負けじ魂の持主、さらには変人達が大成功するかに見えたのです。しかし現実はそうはなりませんでした。
僕もどちらかといえば個人主義者、過激主義者、負けじ魂の持主の系譜に属する気質なので、ITバブルがなぜ生じたのか、そして先人たちの犯した過ちがなんだったのかを、よく考えます。

僕は次のように分析しています。世の中には3種類の産業があります。それは1)資本集約産業、2)労働集約産業、3)知識集約産業です。

あらゆる企業のなかで、本来経営(マネジメント)というのは知識集約産業に属しています。企業のトップの機能は、資本でも労働でもなく経営知識それ自体に立脚しています。しかし会社のいわゆる現業がどうなっているのかにより、1)、2)、3)のタイプがわかれてきます。しかし一つの企業体の中にこの3つあるいは2つが同居していることもよくあります。

株式公開が絶対必要なのは1)資本集約産業です。会社規模がある程度大きくなると、株式公開による資金調達は最も効率的な手段となるからです。そしてこの産業では社員が持株をもつことは意味がありません。

2)の場合、株式公開が望ましいと思います。株式公開は経営のモニタリングのための効果的な手段となります。付加価値の多くを社員の労働が生むため、経営者の大きな役割は社員のモチベーションの向上となります。持株制度により会社としての一体感を持つことが望ましいと思います。

3)は、スーパーシンボリックエコノミーの担い手企業でありそのエッセンスです。これがどういう業態であるのかを僕はいつも考えています。

今の考えを述べますと、3)の場合は、株式公開は避けたほうがよく社員は大多数株式を所有しているか、コンサル会社の多くのようにパートナー制度が望ましいと思います。そして経営と現業、研究開発を分離することが難しいと思います。
一方、間接部門の経費は相当に圧縮されています。会社の中で会社の中だけを対象とする業務(アドミニストレーション)を減らし、マネジメントを含めた多くの社員が会社の中の公共的な作業(例えば採用)を分担するスタイルが必要になると思います。
またこの業態は兼業を許可し、会社への多様な帰属スタイルを許容しなければなりなせん。
そして重要な事は志の有無です。
志とお金儲けは別に矛盾するものではありませんが・・
・・お金を目的にだけにはしていないという点で、スーパーシンボリックエコノミー企業は、NPOや非営利企業の組織原理を取り入れる必要があると思います。


冒頭の疑問に戻ります。なぜIT産業がバブル化したか。それは一つには本来上場すべきではない業態のIT企業までもが上場を目指したからだと思います。(それ以前に本来経営者たりえない人が経営者の椅子に座ってしまっていた、ということも多かったようですが・・・)

アメリカで、あるいは日本のライバルの物真似を新しく生じたIT産業の中で、たとえばデータセンターなどはあきらかに1)です。これを行う事業体は必然的に株式公開企業を目指さなければなりません。たまたまそうでない企業がこの事業を行ったとしても競争の中で敗れていく事でしょう。

しかし今後のスーパーシンボリックエコノミーを担うのは2)と3)、とりわけ3)です。
こうした企業が上場を行うときには、上場の前後で、富の著しい不公平が生じないように慎重に行わなければなりません。特に3)で、その不公平は致命傷になるでしょう。新しく才能がある富を儲けられる能力がある人達がたまたま若く生まれついたから、後から会社に入ったから富が得られないとなれば、彼らはその会社に長く留まってはいないでしょうから。
ITバブル期には、本来あるべきことと逆の事が起こったのです。ビジネスモデルという名前で、知恵や情報を資本で独占できる、という誤った幻想が語られました。しかしいつの時代だってそれまでに生み出された知恵を独占する事よりも、それから生み出されるであろう知恵を共有するスタイルのほうが、富をもたらしてきています。より優秀未来の能力を吸引できない元手=IT資本は、結局将来価値を失ってしまいました。


ITバブルの結果、ベンチャーや投資家からの膨大な資金が投入されたため、そのお金を使って本来対価があるべき知恵までが、ベンチャーインフレーションのおかげで一時期ただ同然になってしまったのです。

昨今「急速冷凍」なみにベンチャー投資の流入がとまったおかげで、IT業界における「悪性デフレーション」が収束し、本来評価されるべき労働や知恵が、正当に評価されるようになってくると思います。デ・キャピタライゼーション(脱資本化)。これが今後のスーパーシンボリックエコノミーの一つの潮流になってくると思います。


concent=僕たちの新しいプロジェクトが、是非スーパーシンボリックエコノミーの担い手の典型に成長していくことを、僕は心から願っています。

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