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総理の値打ち

2005/08/24
歴史と社会

手元に 総理の値打ちという本があります。著者は福田和也さん。2002年文芸春秋社です。 福田氏はこの本で、明治以降歴代の総理に100点満点で点数をつけるという破天荒の試みをしています。
 ちなみにベストスリーは、伊藤博文91点、山形有朋85点、岸信介81点、いずれも長州出身の政治家です。
 基本的に明治初期の首相が総じて点数が高いですが、この点数は当然、時代とともにどんどん低くなっていきます。

 長くなるので、戦後の首相のみ点数を紹介します。
佐藤栄作72点、吉田茂68点(一回目)、鳩山一郎64点、池田隼人62点、竹下登61点、田中角栄57点、福田赳夫56点、大平正芳50点、小渕恵三49点、片山哲47点、橋本龍太郎47点、三木武夫46点、鈴木善幸41点、中曽根康弘40点、宮沢喜一37点、海部俊樹36点、宇野宗佑35点、細川護煕31点、森嘉朗30点、小泉純一郎29点、村山富市28点、吉田茂27点(二回目)

この本が出された時期からしてこの本は、小泉首相への抗議と位置づけることが可能でしょう。採点の傾向を見ると先ほどいったように、時代があとになるほど評価が低い。在任期間が長い人のほうがいい(当然ですが)、大衆政治家の評価が低い。玄人好みを高く評価する、という傾向があります。小泉首相の評価が低いのも、むべなるかな。中曽根氏も市井の評価から比べて相当低いように思われます。

 この本について多少の批評をいたしますと、福田さんの価値観は「近代日本の建立」というところにあると思います。「知性を持ち、粘り強く意欲を持って清濁併せ呑みながら、伝統的な価値と近代的な価値の調停を行う共和的な行政家。」その理想的な原型は明治の元勲にあります。彼らとの人物的な距離が採点の基準だと思います。福田さんは官僚が多分、嫌いではないのです。(高潔な場合、ではありましょうが)
それがこの本の「価値観」です。

 しかし今、今回の衆議院解散後に福田さんがこの本を書き直すとしたら・・・それは今回の選挙後のことでもいいのですが、この採点は変わるのだろうか?という正直な疑問がわいてきます。あるいは歴史的な名声に意識のある人でしょうから、意地でも評価は変えないということかもしれませんが。

 小泉さんという人は多分、全然近代的な人ではないと思います。内面的に近世的、あるいはもっと古い戦国時代的な先祖がえりをした人だと思います。「もののふ」たることの異常な自負を持っていそうです。そして彼は日本の近代政治家の伝統にそぐわない性的禁欲をしています。人と交流しないことにより、孤高の価値観(狂気)を自らはぐくみました。近代政治の連綿たる知的伝統から、努めて意識して距離をおいてきた人でしょう。彼は人を道具として冷徹に使い尽くす男ですが、彼の近親者との関係、秘書の飯島氏の鵺じみた人間性、山崎首席補佐官、武部幹事長・・・・・通常のギブアンドテイクの人間関係ではおさまりきれない異人ぶり、忠誠振りと、ある種の魑魅魍魎を感じます。なにやら義経と近習の人間関係を思わせます。そこにはおそらく知性的なやりとりはないのです。

 リーダシップが定まらない国この日本では、小泉氏が行おうとしている既得権の自力退治は、きわめて稀にしか起こらない歴史現象です。近代以降の重要な二回の改革は、明治革命(徳川幕府の権力を終焉)と第二次大戦終戦後(軍部の権力を終焉)の民主革命でしたが、いずれも旧権力は相当程度温存されました。武士階級や軍人・官僚階級は、姿を変えて生き残りました。そしてとくに二回目はアメリカによって主導された「革命」であり、日本人の自発的改革はようするに150年間起っていないのです。一回目(明治維新)も黒船と属国化への恐怖からおきたと考えれば、他力革命の要素が大きいと思います。つまりあらかじめ、目指すべきモデルがあった時代の変革です。
それ以前の日本における自力革命の最大級のものは大化の改新、鎌倉幕府の開設、そして織田信長による全国統一の3つだと思います。大化の改新には中国の律令制度というモデルがありましたが、あとの2つには同時代に目指すべきモデルも、それが伝わるほどの共通の文明構造もありませんでした。

 小泉氏が心酔しているのは、このなかでも「織田信長」の改革(なかでも楽市楽座政策)でしょう。織田信長は、仏教の政治勢力が貴族と門閥を形成し、軍備力を持ちながら日本の商流から通行税をとりたてることにより、商業が活性化せず、時代が前にすすまない状況を変えました。日本が今日宗教の弊害から守られているのは、織田信長の歴史的功績が大です。その冷酷なる最大の攻撃は「比叡山の焼き討ち」でした。

 今日、官の既得権勢力が政治家と門閥を形成し、特権を持ちながら日本の金流を妨げることにより産業が活性化せず、よりいっそうの近代化がすすまない現状があります。これを打ち崩す冷酷なる最大の攻撃が、反対派議員選挙区への大量落下傘候補の擁立だったと、後世は評価するでしょう。この改革を行うのに、おそらく「近代」の政治知では事足りず、より古い野蛮な歴史を持ち出そうとしている。

 小泉氏は閥務をこなし派閥政治家としての側面を持ちながら(森元首相との絶妙な駆け引き・利用の仕合を見てください)大衆政治家としての天分がありました。この両面を持った総理は、本当に数が少ないのです。(大衆政治家の多くは中曽根、三木の例に見るように弱小派閥に属していると相場は決まっていました。)
 この両面性が小泉改革をここまで本格的なものにした理由です。権力集中や独裁的な事柄に対する日本人の反発は凄まじいものがあることを承知で、しかし私は、小泉氏に改革への期待を託したいと思います。そして福田和也氏の再評価を是非お聞きしてみたいと思います。あるいは。今度の選挙の結果で、大きく採点が変わる気もしています。

参考資料
小泉純一郎―血脈の王朝 佐野 眞一 (著)

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Comment

1 - Name: bold : 2005/08/24 23:57

追記:信長のすごさは、仕上げにいたらなかった彼の革命を成就する秀吉、家康という後継者がいたことです。むしろ本能寺の変があったことが、その進路を鮮烈にしたのかもしれません。小泉さんの任期は限られていますし、暗殺されるかもしれません。誰が後継者になるのでしょうか。おそらく岡田党首ではありますまい・・・
私の意見はありませんが、今日麻生太郎さんのホームページをたまたまみて・・・(彼自身のことはよく知らないのですが)
http://www.aso-taro.jp/kamanosato/200410.html
「明治史が解る為には信長から解らなければならない‥と言う事を最初に行った人は徳富蘇峯という歴史家だったそうです。このご意見に私も賛同するんですが、それなら日本の現代は明治にその根があり、明治は信長に根ざすという事だと思います。」という歴史観には感銘をうけました。

2 - Name: bold : 2005/08/26 23:24

徳富蘇峰を読む前に、明治革命と織田信長の関係を私なりに考えてみたのですが、明治革命の主導者・薩長は、関が原の賊軍。徳川時代、信長が始めた戦国時代の近代化革命が中途に終わった事に対する新たな近代化革命が明治だった、ということではないでしょうか?

3 - Name: 海老庵 : 2005/10/21 18:11

はじめまして。
(いや、ひょっとして電通総研時代にお会いしているかもしれません)
なかなか興味深いブログで、時折拝見しております。

この度、組織論に関するブログを立ち上げたので、
リンク貼らせていただきたいのですが、よろしいでしょうか?


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